2017年09月21日

同窓生の随想

「ふらんすへ行きたしと思えども..pdf

小林 宏様(50期、元朝日新聞社)の随想

 

   「ふらんすへ行きたしと思えども

 

のpdfを添付、お送りいたします。

 

小林様はお住まいの地域の会員に配るミニコミ紙の

記事をお一人で執筆・編集されています。

随想その“和光台通信”の本年9月号に掲載された

ものです。

                      白井 透(60-4)    

 

 


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2017年09月20日

「吹奏楽を楽しむ会」のご案内

吹奏楽を楽しむ会パンフ.pdf

「吹奏楽を楽しむ会」のご案内

 

                                                        上田高校吹奏楽団OBOG

 

上田高校吹奏楽団OBOG会の第3回「吹奏楽を楽しむ会」が

101日(日)13時より上田文化会館で開催される運びとなりました。

その道のプロと卒業生、現役高校12年生が混じっての楽しい演奏会です。

当日のパンフを添付しますので、一人でも多くのOBOG並びに関心のある

皆様のご来場をお願い致します。

演奏会の後、OBOG会の懇親会も予定されております。

                60期 小山 比呂志

                   


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2017年09月19日

「唯心一刀流」についてのお尋ね

「唯心一刀流」についてのお尋ねです。

 

沓掛行徳君(60-8)よりの依頼です。

ご存じの方がいらしたら、よろしくお願いいたします。

返信は直接同君へお願いいたします。

 同君のメールアドレス DQF10041@nifty.ne.jp

 

               白井 透(60-4

 

From: 沓掛 行徳 [mailto:dqf10041@nifty.com]
Sent: Sunday, September 17, 2017 5:07 PM

6月下旬、別所温泉からやや登った処にある野倉を車で訪ねた。ここは、江戸時代、剣術「唯心一刀流」の道場を曽根栄治豊久が開き、その曽根家の末裔が住んでいることを知ったから。たまたま、この剣術書3巻と由緒書が手元にあり、その子孫に話を聞けたらとの期待を持って尋ねたが留守。私は剣道はまったく無知のため、どなたか「唯心一刀流」について知っておられたら教えて頂けませんか。

 

(60期 沓掛)

 

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2017年09月17日

Twenty miraculous photos of the Eclipse on 8-21-2017

必見!(見なけりゃ損)

 

武重 玲子様 (69…オレゴン在住)より

 

99年ぶり 米大陸横断の皆既日食” の写真

 

                白井 透(60-4

*日本で今後見られるのは

http://www.h3.dion.ne.jp/~eclipse/eclipse-japan.htm

 

From: reiko takeshige [mailto:pdxchopin@yahoo.com]
Sent: Friday, September 15, 2017 3:30 PM
Subject: Twenty miraculous photos of the Eclipse on 8-21-2017

 

8月21日のオレゴンからアメリカ大陸を横切った日蝕の写真が友人から送られてきたので転送いたします。 私も自宅のデッキから観測しましたが、このようなすごい写真はとても撮れませんでした。よろしければ、皆様とシェアしてくださいませ。

 

武重玲子 (69期)

 


 

+1

 

 

+2

 

#3 Photo taken above the sky in Oregon.

+3

 

#4 

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#6

+6

 

#7 

+7

 

#8

+8

 

 

#9 Photo taken from a plane flying over the Pacific Ocean.

+9

 

 

#10 

+10

 

 

#11 

+11

 

 

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 +12

 

 

#13 

+13 

 

 

#14 

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#15

+15

 

 

#16 

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#18 

+18

 

 

#19 11:38 am 

+19

 

 

#20 

+20

Have you seen any miraculous pictures like this? Thanks to all the great photographers for capturing these photos. 

 

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2017年09月15日

同窓生のエッセイ 「無言館」を訪ねて

「無言館」を訪ねて.compressed.pdf

小林 宏様(51期)のエッセイ

 

「無言館」を訪ねて

 

を、配信いたします。(添付pdf

 

  … 読み進むうちに、襟を正しておりました。

 

                   白井 透(60-4

⇓<同氏よりの送り状>

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 最近「無言館」についていろいろ出ています。

昨年春ここを訪れ、私が所属する老人会の季刊誌

に投稿しました。

拙文ですが、ご一読いただければ幸いです。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

関連して、先の配信した「無言館の記事」に対し

さらに三氏より寄せられた反響を記します。

 

51堀内弘栄様より

以前に呼びかけのあった「無言館」の絵の修復

基金に私も一口のりました。

 

60小林秀芳様より

これまでも名前だけは聞いていましたが、その

背後に、こんな豊かでゆかしい日本人の世界が

広がっていることを知らされ、深く感動いたしました。

 

62依田欣五郎様より

 知人が故郷を訪ねると、塩田平観光を推薦し、 

前山寺(染谷出身の美人 大黒さんがいる)と、

この無言館を推薦します。私自身、何回か観賞

しましたが、その都度印象が変わります。

窪島さんには、40年ぐらい前併設する信濃

デッサン館の施工の件で一度だけご挨拶しま

した。グレイの印象でした。

因みに、デッサン館の設計者は、

北河原 温(あつし)氏で、我々が上田高校

在学中の国語の恩師北河原先生のご子息

です。芸大出身。現在もその道では高名で、

数々の賞を貰っているようです。 


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2017年09月13日

9/30松尾倶楽部 藤本元校長の講演会へのお誘い

松尾倶楽部会報162号(最新).compressed (1).pdf おっしゃん二代記チラシ.pdf(最終).pdf

/30(土)松尾倶楽部 例会へのお誘い

 

             松尾倶楽部 代表幹事 白井 透

                      顧問・幹事 一同

                             記

 

平成29年9月30日(土) 14時〜(受付開始:13:30)

 

講 演  「心の柱 試百難」 上田高校と私

 

元校長 藤本光世氏 

 

・会場など詳細は添付会報をご覧ください。

 

同氏は、在任2年で荒んでいた母校を蘇らせたほか、

校歌の一節から「試百難」を母校のアイデンティティー

としての定着に尽力されました。

 

多数様のご参加をお待ちしております。

(会員以外の方のご参加も歓迎しております。)

 

お申込み:このメールの返信で白井宛お願いいたします。

(既に出欠ハガキを出された方にはご容赦願います)

 

<同氏の寄稿文(関東同窓会報第87号)より抜粋>

試百難は人生に向かう姿勢と言っても良いでしょう。

その試百難の心はどのように生徒に受け継がれるのでしょうか。

それは、試百難の人の後ろ姿しかないと思います。

 私たちが試百難で人生に向かい、その姿を見せる。それを見た

生徒がそうだと感動し、試百難の心が太い伝統となって脈々と受け

継がれると思うのです。それは「凡事徹底」であり、「狭き門に入れ」

であり、その具体的な実践と事実でしょう。

 

同氏に関連して、56期小宮山 栄氏経営のコミー(株)より

刊行されるコミー新書 “おっしゃん二代記” の案内チラシも

添付しました。

 


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2017年09月03日

反響ー 「無言館」の記事

「無言館」の記事に寄せられた同窓生3氏よりの反響を配信いたします。

 

 …上田は日本の原風景と日本人の心に通じるものに恵まれています。(記事配信文の野見山暁二画伯は、正しくは野見山暁治画伯でした)

 

                   白井 透(60-4)

中島 宏氏(51期) 

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From: 中島宏 [mailto:nakaji-h@nifty.com]

Subject: Re: 「無言館」の記事

 

 小生はかねてから全国版の観光名所としてもっと上田が売り込むべきと考えてました。 そこには戦争と美術、さらには個々の画家 の短い人生というストーリーがあるので、見る人の心を打つのです。絵もさすがは美校の出身者だと思われる良い絵も少なくない。それに窪島さんの努力で全国からさらに多くの絵が集まるわけですから有望です。 メディアでも夏の戦争回顧のテーマとしてテレビ、新聞も取り上げてくれます。

 小生はかつて、いろいろなパーティーに出ると、小生が上田出身と知る人から無言館について聞かれることが多かったので、全国版と痛感していましたが、それにしては上田の力の入れ方が不十分という印象を持ちます。

 上田で「真田」の後が決まらないという話を聞きますが、観光はやはり大きい。真田も国宝、神社も温泉も無言館、桜の花見もというように幾つかの目玉 があって、上田に泊まり、じっくり見て回る観光地を作り上げることが次の課題 ではないかと思います。今までは目玉が沢山あって、その一、二を見て別の地へ行くという中継地になっていましたが、それを変えるのです。 そばに加え、旨い食事も重要でしょう。

中島 宏

 

小林 秀芳氏(60-6) 

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From: kobayashi mitsuyoshi [mailto:back-m43@rondo.ocn.ne.jp]

Subject: RE: 「無言館」の記事

 

 これまでも、名前だけは聞いておりましたが、その背後にこんな豊かでゆかしい日本人の世界が広がっていることを知らされ、深く感動いたしました。すばらしいプレゼントありがとうございました。

三郷市・60期・6組、小林 秀芳

 

依田 謹吾郎氏(62期) 

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From: Kingoro Yoda [mailto:y-kingo@jcom.home.ne.jp]

Subject: RE:「無言館」の記事

 

 知人が故郷を訪ねると、塩田平観光を推薦し、前山寺(染谷出身の美人大黒さんがいる)とこの無言館を推薦します。私自身何回か観賞しましたが、その都度印象が変わります。

 窪島さんには40年くらい前、併設する信濃デッサン館の施工の件で一度だけご挨拶しました。 グレイの印象でした。

 ちなみにデッサン館の設計者は北河原 温(あつし)氏で、我々上田高校在学中の国語の恩師北河原先生のご子息です。芸大出身で現在もその道では高名で数々の賞を貰っているようです。(本人は長野高校だと思います)

 

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2017年08月30日

「無言館」の記事

無言館の記事.compressed.pdf

郷里の「無言館」にかかわる

毎日新聞記事(8/15)をお送りいたします。

 

15日以上も遡る記事ですが、知人に「無言館」と

館主窪島誠一郎氏のことを紹介したところ、この記事

の切り抜きをもらいました。

 

 *既にお読みの方、お話の内容をご存じの方には

   ご海容願います。

 

戦没画学生慰霊美術館「無言館」

https://matome.naver.jp/odai/2137519421351034801

窪島誠一郎氏、野見山暁二画伯

http://kar-na.la.coocan.jp/newpage39-1.html

 

60期 白井 透

 


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2017年08月20日

同窓生の随想

夏の夜の怪談.pdf

小林 宏様(50期、元朝日新聞社)の随想

 

   “夏の夜、ぞっとする話はいかが”

 

のpdfを添付、お送りいたします。

 

小林様はお住まいの地域の会員に配るミニコミ紙の

記事をお一人で執筆・編集されています。

随想その“和光台通信”の本年8月号に掲載された

ものです。

                      白井 透(60-4)    

 

 


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同窓生の随想

夏の夜の怪談.pdf

小林 宏様(50期、元朝日新聞社)の随想

 

   “夏の夜、ぞっとする話はいかが”

 

のpdfを添付、お送りいたします。

 

小林様はお住まいの地域の会員に配るミニコミ紙の

記事をお一人で執筆・編集されています。

随想その“和光台通信”の本年8月号に掲載された

ものです。

                      白井 透(60-4)    

 

 


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2017年08月08日

「引退後の移住先に上田が」

「引退後の移住先に上田が」

 

  …人間らしく暮らせる街

―自然環境、ヒューマンサイズの街― も大きな要素かと。

 

野村 一様(64期)より寄せられました。   白井 透(60-4)                            

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From: jim_nomura@excite.co.jp [mailto:jim_nomura@excite.co.jp]

Sent: Friday, August 4, 2017 12:42 PM

Subject: 引退後の移住先に上田が。

 

大前研一さんが、「引退後の移住先を選ぶポイント」は?

 

というテーマで語ったなかで上田市についても触れていました。

(出処は730日にBBTchで放映された大前研一ライブ)

 

その概要をご参考までに以下に引用いたします。

─────────────────────────

総務省がまとめた昨年度の移住相談件数は、前年度比51%増

213000件でした。

 

相談件数1位の自治体は長野県で、北陸新幹線で首都圏まで

1時間30分程度というアクセスの良さが人気だったとのことです。

 

この結果は私にとって、意外でした。

 

都心に人口集中が起こっている反面、引退後は田舎に住みたい

という人が多いのは知っていましたが、私のイメージでは「暖かい

場所」のほうが人気になると思っていました。

例えば、和歌山県、静岡県、あるいは伊豆半島などです。

 

ところが、移住相談件数1位は長野県で、次いで新潟県、北海道、

富山県、石川県と寒い地域ばかりが続きます。

北海道はともかくとして、おそらく「交通の便」が良い地域が優先さ

てれいるのだと思います。

 

都心で引退した人にとっては、交通の便が良いことは重要な要素

なのでしょう。

 

長野県(上田市など)や、新潟県(越後湯沢など)は、東京から

1時間半もあれば着いてしまいます。

 

一方で、和歌山県、伊豆半島、あるいは四国なども暖かい土地です

が、東京からの交通の便がよくないのが選ばれにくい原因でしょう。

 

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2017年08月04日

卒業期の修正 同窓生の著書&同じく同窓生によるその読後感想

著者と読後感想者の卒業期を間違えてしまいました。

 

正しくは 

山崎 茂幸様54期) 清水 忠嘉様(54期)です。

お詫びして訂正させていただきます。

 

From: 白井
Sent: Friday, August 4, 2017 10:31 AM
Subject:
同窓生の著書&同じく同窓生によるその読後感想

 

DNA、古地理、古環境からさぐる

 

「日本人の起源」

 

   山崎 茂幸著56期)  幻冬舎刊1200円+税

     

清水 忠嘉様 (著者と同期・同級)の著書の読後感想

 

同氏のブログ http://yamabakaotoko.blog.bbiq.jp

に掲載されたものです。   

  ⇓                    白井 透(60-4

2017723 ()

「日本人の起源」山崎茂幸著・あらすじと感想

古代史を探る事はロマンと夢がある。未解決の問題が多く存在

しているからである。読後の感想は、面白くてためになった本

でした。それは、現在の教科書等に採用されている古代史の

日本人の起源に対して、学者でもない著者が新説を出した勇気

と努力と情熱に対して感動したのです。古代史に興味のない人

にも楽しめる手頃な150頁の小冊子です。

 

それは、文芸や映画界などではSFの世界等を創造して発表す

れば、面白いだけで世間に採用されて成功する。しかし学術の

世界では、審査は真実の追求なので厳しいばかりでなく、保守

的で従来の権威者の名誉を守る為にも、新説〔仮説〕を学界に

採用させるのは困難だろうと推察している。提案者が学者でな

く素人であれば猶更な事だろうと想像する世界だからである。

 

筆者は上田市出身で上田高校から東大農学部卒で、製紙会社へ

勤務後に、趣味の古代史を研究している。10年にも及び、

DNA、言語、古地図、古環境、血液型、染色体など総合的に

学びながら、解析した結果、自分ながら納得した仮説を立ち上

げて、それを出版した。片山一道京大名誉教授が推薦の帯を

許可してくれたのは幸いだった。

筆者は技術者なので、理論的に話を進め、几帳面で、素人にも

解り易く書いている。DNAや染色体などの事は絵や図表などで

詳しく分かり易く説明している。「そうだったのか!」と思わ

せるように面白くて為になる事が沢山ある。ここではそれ等の

経緯は省略して結果の「あらすじ」を書きます。

あらすじ

世界の気候変化が激しかった6〜7万年前のウルム氷河期に、

海の水位が140mも下がっていた時です、アフリカの現住

民は陸続きのアラビア半島を経由してアジアへ移住して来た。

そこから更に陸続きの欧州、豪州、米国へ移住して行った。

そのアジアへの一群が、3〜4万年前に東アジアから北上し

て陸続きの日本へ来た。その集団を南方系集団と言う。

その後シベリアへ行った集団はマンモス狩などして暮らしてい

たが、最終寒冷期になると寒さから逃げて中国の黄河へ来た。

当時の日本は大陸と繋がっていて、瀬戸内海は大河で(琵琶湖

も繋がっていた)その黄河へ流入していたので、川岸を歩いて

北上して、1・7〜2・7万年前に日本へ来た。これを北方集

団と言う。先に来ていた南方集団と再会して、これが旧石器時

代に日本に住み着いた人達であり、日本人のルーツである。

 

日本列島は大陸の一部であったので、日本海は大きな湖で

あった。そこの南口から海水の暖流が流れ込んで日本海が出来

たのです。海底の地殻変動や浸食などで対馬海峡は水深140

mもの海になり、日本列島は孤島となった。

この孤島となった日本へ大型船で来る人もいないので、今迄

色々の血が混ざったが、1万年も掛けて単一民族が出来上が

ったのである。従って、

旧石器時代人→縄文人→弥生人→現代人となったのである。

3千年前の弥生時代になると、中国では春秋の戦国時代で

ある。対馬海峡を渡る大型船も出来てきたので、それに依り、

稲作、銅剣、銅鐸、古墳文化が入って来たのである。


稲作ルートは中国と朝鮮から来ていた。これ等を運んで来た人

達は指導的な人達で、総数でも1万人以下だと多くない。縄文

人とは平和的に共存して、単独の集落は作らなかった。従って、

その文化を育てたのは縄文人である。

当時の縄文人は北海道から沖縄まで陸続きであったので、アイ

ヌも沖縄人も共通点がある。人口は10万人も居て、狩猟、

採集、漁撈の仕事をしていた。

あらすじは以上である。問題は現在採用されている「日本人の

起源」は諸説ある中で教科書に採用されているのは植原氏のも

のである。

内容は、寒冷地適応の東南アジアの種族が、弥生時代に稲作技

術を伴って大挙して日本へ渡って来た。そこに僅かに残存して

いた縄文人に取って変わったと言うものである。その根拠は遺

跡の頭蓋骨の特徴をベースにして推測したものだと言う。


この疑問点は弥生時代に10万人も居る縄文人を超える人達が

海を渡って日本へ来たとは、とうてい考えられない事と、根拠

となった頭蓋骨の鑑定より、現在のDNA鑑定が正確である事

です。そして素晴らしい文化が入った事は大勢の人達が来たも

のと「錯覚」したのだろう。高度の文化と伝えた人数は、関係は

ないのです。

 

このように縄文人は貪欲に海外文化を取り入れて吸収して、

少数の渡来人の力を借りて弥生文化を作った。そして1万数千

年掛けて共通の言葉を作った。日本語や顔型のルーツには、

中国は勿論、チベット等の北方や、東南アジア系の影響を受け

ているのです。人間のDNAは住んだ土地気候などに適応する

ように、突然変異を起こして、それが受け継がれている為なの

です。

感想

外国語に訳すには難しい「以心伝心」の心とか、神道、儒教

など日本人の祖先が単一民族の日本国を作った事の証拠である

が、この本を読むと、素人の私達でさえ、旧石器人が日本人の

祖先で縄文人に引き継いでいる。こんな明らかな事がなぜ古代

史に取り上げて検討もしてくれないのだろうかと思う。


趣味で古代史研究をしている素人が10数年かけて、辿り着い

た仮説が、学者で無いから無視されたのか、または、学会の中

の誰かの名誉を重んじて「忖度」する人達がガードしたのか、

もしそうであれば、今の自民一強の驕りで、あの人に「忖度」

して、もりそば、かけそば、の問題が起きている事と同じで

ある。

ここで以前に起きた事件を紹介します。参考にして下さい。

旧石器時代の日本には鹿(長野県・野尻湖の化石から発見)

などはいたが、人間はいないとされていた。


ところが昭和元年の東京生まれの、考古学の好きな相沢忠洋

が登場する。彼は両親が離婚した為に、貧しい環境で学校にも

行けず、住み込みの奉公生活をしていた。そんな中でも考古学

に興味を持って、独学で勉強を続けていた。


軍隊も経験したが、終戦後、納豆売りをしながら地道に発掘作

業を続けて、遂に旧石器時代の打製石器を発見した。しかし

これは認めて貰えなかった。

これに諦めずに更に発掘を続けて行くと、またもや貴重な発見

をした。今度は大学教授がチームを組んで派遣すると、本物の

旧石器時代のものと認定された。

ところが発見者は大学教授のものとなり、相沢氏は無視された

挙句、嘘つき男と呼ばれる酷い仕打ちを受けた。相沢はそれに

も負けず、その後も発掘を続けて尽力を尽くし、世間から認め

られ、汚名もはらした。彼のお陰で日本の旧石器時代が存在し

ていた事が証明されたのです。


そんな経緯があったので、その旧石器時代人が日本人のルーツ

であり、それを受けた縄文人の頑張りで弥生文明が出来た事に

感銘を受けた。山崎茂幸著「日本人の起源」を特別の想いで読

んだのです。そしてこの仮説が支持される事を願ってブログを

書きました。一言でもコメントを頂けたら幸甚です。

        以上。

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同窓生の著書&同じく同窓生によるその読後感想

DNA、古地理、古環境からさぐる

 

「日本人の起源」

 

   山崎 茂幸著56期)  幻冬舎刊1200円+税

     

清水 忠嘉様 (著者と同期・同級)の著書の読後感想

 

同氏のブログ http://yamabakaotoko.blog.bbiq.jp

に掲載されたものです。   

  ⇓                    白井 透(60-4

2017723 ()

「日本人の起源」山崎茂幸著・あらすじと感想

古代史を探る事はロマンと夢がある。未解決の問題が多く存在

しているからである。読後の感想は、面白くてためになった本

でした。それは、現在の教科書等に採用されている古代史の

日本人の起源に対して、学者でもない著者が新説を出した勇気

と努力と情熱に対して感動したのです。古代史に興味のない人

にも楽しめる手頃な150頁の小冊子です。

 

それは、文芸や映画界などではSFの世界等を創造して発表す

れば、面白いだけで世間に採用されて成功する。しかし学術の

世界では、審査は真実の追求なので厳しいばかりでなく、保守

的で従来の権威者の名誉を守る為にも、新説〔仮説〕を学界に

採用させるのは困難だろうと推察している。提案者が学者でな

く素人であれば猶更な事だろうと想像する世界だからである。

 

筆者は上田市出身で上田高校から東大農学部卒で、製紙会社へ

勤務後に、趣味の古代史を研究している。10年にも及び、

DNA、言語、古地図、古環境、血液型、染色体など総合的に

学びながら、解析した結果、自分ながら納得した仮説を立ち上

げて、それを出版した。片山一道京大名誉教授が推薦の帯を

許可してくれたのは幸いだった。

筆者は技術者なので、理論的に話を進め、几帳面で、素人にも

解り易く書いている。DNAや染色体などの事は絵や図表などで

詳しく分かり易く説明している。「そうだったのか!」と思わ

せるように面白くて為になる事が沢山ある。ここではそれ等の

経緯は省略して結果の「あらすじ」を書きます。

あらすじ

世界の気候変化が激しかった6〜7万年前のウルム氷河期に、

海の水位が140mも下がっていた時です、アフリカの現住

民は陸続きのアラビア半島を経由してアジアへ移住して来た。

そこから更に陸続きの欧州、豪州、米国へ移住して行った。

そのアジアへの一群が、3〜4万年前に東アジアから北上し

て陸続きの日本へ来た。その集団を南方系集団と言う。

その後シベリアへ行った集団はマンモス狩などして暮らしてい

たが、最終寒冷期になると寒さから逃げて中国の黄河へ来た。

当時の日本は大陸と繋がっていて、瀬戸内海は大河で(琵琶湖

も繋がっていた)その黄河へ流入していたので、川岸を歩いて

北上して、1・7〜2・7万年前に日本へ来た。これを北方集

団と言う。先に来ていた南方集団と再会して、これが旧石器時

代に日本に住み着いた人達であり、日本人のルーツである。

 

日本列島は大陸の一部であったので、日本海は大きな湖で

あった。そこの南口から海水の暖流が流れ込んで日本海が出来

たのです。海底の地殻変動や浸食などで対馬海峡は水深140

mもの海になり、日本列島は孤島となった。

この孤島となった日本へ大型船で来る人もいないので、今迄

色々の血が混ざったが、1万年も掛けて単一民族が出来上が

ったのである。従って、

旧石器時代人→縄文人→弥生人→現代人となったのである。

3千年前の弥生時代になると、中国では春秋の戦国時代で

ある。対馬海峡を渡る大型船も出来てきたので、それに依り、

稲作、銅剣、銅鐸、古墳文化が入って来たのである。


稲作ルートは中国と朝鮮から来ていた。これ等を運んで来た人

達は指導的な人達で、総数でも1万人以下だと多くない。縄文

人とは平和的に共存して、単独の集落は作らなかった。従って、

その文化を育てたのは縄文人である。

当時の縄文人は北海道から沖縄まで陸続きであったので、アイ

ヌも沖縄人も共通点がある。人口は10万人も居て、狩猟、

採集、漁撈の仕事をしていた。

あらすじは以上である。問題は現在採用されている「日本人の

起源」は諸説ある中で教科書に採用されているのは植原氏のも

のである。

内容は、寒冷地適応の東南アジアの種族が、弥生時代に稲作技

術を伴って大挙して日本へ渡って来た。そこに僅かに残存して

いた縄文人に取って変わったと言うものである。その根拠は遺

跡の頭蓋骨の特徴をベースにして推測したものだと言う。


この疑問点は弥生時代に10万人も居る縄文人を超える人達が

海を渡って日本へ来たとは、とうてい考えられない事と、根拠

となった頭蓋骨の鑑定より、現在のDNA鑑定が正確である事

です。そして素晴らしい文化が入った事は大勢の人達が来たも

のと「錯覚」したのだろう。高度の文化と伝えた人数は、関係は

ないのです。

 

このように縄文人は貪欲に海外文化を取り入れて吸収して、

少数の渡来人の力を借りて弥生文化を作った。そして1万数千

年掛けて共通の言葉を作った。日本語や顔型のルーツには、

中国は勿論、チベット等の北方や、東南アジア系の影響を受け

ているのです。人間のDNAは住んだ土地気候などに適応する

ように、突然変異を起こして、それが受け継がれている為なの

です。

感想

外国語に訳すには難しい「以心伝心」の心とか、神道、儒教

など日本人の祖先が単一民族の日本国を作った事の証拠である

が、この本を読むと、素人の私達でさえ、旧石器人が日本人の

祖先で縄文人に引き継いでいる。こんな明らかな事がなぜ古代

史に取り上げて検討もしてくれないのだろうかと思う。


趣味で古代史研究をしている素人が10数年かけて、辿り着い

た仮説が、学者で無いから無視されたのか、または、学会の中

の誰かの名誉を重んじて「忖度」する人達がガードしたのか、

もしそうであれば、今の自民一強の驕りで、あの人に「忖度」

して、もりそば、かけそば、の問題が起きている事と同じで

ある。

ここで以前に起きた事件を紹介します。参考にして下さい。

旧石器時代の日本には鹿(長野県・野尻湖の化石から発見)

などはいたが、人間はいないとされていた。


ところが昭和元年の東京生まれの、考古学の好きな相沢忠洋

が登場する。彼は両親が離婚した為に、貧しい環境で学校にも

行けず、住み込みの奉公生活をしていた。そんな中でも考古学

に興味を持って、独学で勉強を続けていた。


軍隊も経験したが、終戦後、納豆売りをしながら地道に発掘作

業を続けて、遂に旧石器時代の打製石器を発見した。しかし

これは認めて貰えなかった。

これに諦めずに更に発掘を続けて行くと、またもや貴重な発見

をした。今度は大学教授がチームを組んで派遣すると、本物の

旧石器時代のものと認定された。

ところが発見者は大学教授のものとなり、相沢氏は無視された

挙句、嘘つき男と呼ばれる酷い仕打ちを受けた。相沢はそれに

も負けず、その後も発掘を続けて尽力を尽くし、世間から認め

られ、汚名もはらした。彼のお陰で日本の旧石器時代が存在し

ていた事が証明されたのです。


そんな経緯があったので、その旧石器時代人が日本人のルーツ

であり、それを受けた縄文人の頑張りで弥生文明が出来た事に

感銘を受けた。山崎茂幸著「日本人の起源」を特別の想いで読

んだのです。そしてこの仮説が支持される事を願ってブログを

書きました。一言でもコメントを頂けたら幸甚です。

        以上。

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2017年07月31日

赤松小三郎講演会のお知らせ

赤松講演会案内改1(最新1).docx.pdf

赤松小三郎講演会のお知らせ

 

上田高等学校関東同窓会

赤松小三郎研究会事務局

小山平六(62期)

************************************************************

 

上田高等学校関東同窓会「赤松小三郎研究会」

では郷土史家の 寺島隆史氏 を講師にお招きし、

 

「赤松小三郎関係史料を読む」という講演会を

 

9月10日(日)13:00〜15:30

文京区民センター3階会議室

 

にて開催いたします。

 

多くの皆様方のご出席をお願い申し上げます。

参加ご希望の方は事前のお申込みが必要です。

 

一般の方々のご参加も歓迎いたしますので、

知人、ご友人で幕末の歴史にご興味のある

方々のご勧誘もお願い申し上げます。

 

詳細は添付案内状をご覧ください。

 

また勧誘チラシを用意しておりますので

必要な方は枚数と宛先をお知らせください。

 

なお、講師の寺島隆史氏は上田高校67期で

元上田市立博物館館長も務められました。

 

67期の皆様方におかれましては、奮って

ご参加いただけますよう、よろしくお願い

申し上げます。

 

お申込み先

小山平六(赤松小三郎研究会事務局)

携帯:070−2685−2384

Eメール : Kannazuki-6318@kxb.biglobe.ne.jp

 


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2017年07月21日

同窓生の随想

20Cを支配した石油compressed.pdf

小林 宏様(50期、元朝日新聞社)の随想

 

   “20Cを支配した石油”

 

のpdfを添付、お送りいたします。

 

小林様はお住まいの地域の会員に配るミニコミ紙の

記事をお一人で執筆・編集されています。

随想その“和光台通信”の本年7月号に掲載された

ものです。

                      白井 透(60-4)    

 

 


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2017年07月09日

同窓生のエッセイ

人の心の美しさ  (48田原 敬).compressed.pdf

田原 敬様(48期)のエッセイ

 

  「ひとの心の美しさ」

 

を配信いたします。

 

   …いつも変わらぬ幸せの原点

              白井 透(60-4

 


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2017年06月28日

同窓生の随想

江戸・東京の謎を解く.compressed.pdf

小林 宏様(50期、元朝日新聞社)の随想

 

   “江戸・東京の謎を解く”

 

のpdfを添付、お送りいたします。

 

小林様はお住まいの地域の会員に配るミニコミ紙の

記事をお一人で執筆・編集されています。

随想その“和光台通信”の本年6月号に掲載された

ものです。

                      白井 透(60-4)    

 

 


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2017年06月22日

同窓生の個展(上野の森美術館)

大日方 真様 (54)個展野の森美術館)

http://www.ueno-mori.org/mrmm/media/0x480_exhibit_818593_826664.jpg

大日方真 個展 Obinata Makoto solo Exhibition

627 () 73 ()

入場無料
10
00~1700
最終入場閉館30分前まで
*最終日1500閉館

自然の移りゆく光の様相を温かな色彩で描写し、鑑賞者

を心揺さぶる物語へと導く大日方真氏の水彩画。

その表情豊かな世界観は、絵の具を丹念に何度も塗り

深みのある重厚な質感を表現する大日方氏独自の手法

から生まれました。

本展では、画業の原点となった故郷・長野の郷愁に満ち

た詩情あふれる風景、四季折々に様々な輝きを見せる

東京の街並み、旅先で出会った雄大な景色など近年の

代表作25作品を展観します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個展案内HP

http://www.ueno-mori.org/exhibitions/article.cgi?id=818593 

・上野の森美術館 アクセス

http://www.ueno-mori.org/about/ 

 

添付PDF

・個展案内チラシ  ・大日方様のプロフィール

・作品評論(エルミタージュ美術館学芸員による)

 ―絵の中で永遠に生き続ける、色彩と光の物語

 

大日方様(写真)は、期間中毎日、日中会場に詰めている

予定とのことです。 

代表取締役社長 大日方 真

なお、エルミタージュ美術館より同氏の作品集(各国主要

美術館向け)が、この6月に発行予定と聞いています。

                         白井 透(60-4

 

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2017年06月20日

続4  反響メッセージ 「 日米戦争を起こしたのは誰か」

「日米戦争を起こしたのは誰か」について.docx

みなさま

 

標記に関し、さらにその後、藤本 光世様(元上田高校校長)より反響が寄せられましたので、転記お知らせいたします。

 

白井 透(60-4)

 

⇓<反響の送り状>

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From: 藤本 光世 [mailto:enpuku2@janis.or.jp]
Sent: Sunday, June 18, 2017 9:11 PM
Subject:
反響メッセージ 「 日米戦争を起こしたのは誰か」

 

教育現場では、校長と教諭の対立の構図があり、その原因はあの戦争の解釈だけではなくて、組合や政治や様々な力関係があると思います。

校長の思い通りに学校経営ができないことは、子どもを不幸にします。

子ども不在の「対立の構図」は本来の教育を歪めます。残念です。

校長が「勝つ」ことで、リーダーシップを発揮した学校経営ができるのですが、人間は弱いので妥協してしまいます。

国旗国歌の議論を通して、妥協を乗り越えてほしい、これが私の願いでした。

国旗国歌の議論の底辺に「日米戦争を起こしたのは誰か」があります。

私の力量では、文章でそこまで踏み込むのはできませんでした。

---------------------------------------------------------- ----------------------- -----------

円福寺住職

藤本光世

Tel 026-292-0381

fax 026-293-9629

enpuku2@janis.or.jp

http://ryu-enpukuji.com/

http://enpukuji-aiikuen.com/

-------------------------------------

 

⇓<反響本文> 添付ワードと同じ文です。

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丸山瑛一さまの「日米戦争を起こしたのは誰か」が発端となった意見交換を興味深く拝読いたしました。上田高校の同窓生が胸襟を開いて議論するお姿に、驚きと自由闊達な校風を感じました。

私にはその議論に加わるだけの力量がないのですが、日本人にあの戦争の総括ができていないことが、戦後がまだ終わっていないことに繋がっていると感じています。特に教育現場では、学習指導要領に示された入学式・卒業式の国旗国歌の実施の場面で、教員と校長の「対立の構図」がいやでも明確になり、それが学校運営に影を落としているのは、きっと今も変わっていないように思います。

「対立の構図」が生じて喜ぶのは誰でしょう。私には分かりません。校長はこの問題で苦悩します。でもこの問題から逃げないで、苦悩を乗り越え、試百難で正論を貫くことによって学校改革は成し遂げられるとは、私の経験です。

上田高校の場合、私には深志の経験があり、職員も私を理解してくれたのか、国歌斉唱の正常化の場面の対立には、それほど苦しい思いはしませんでした。深志では「対立の構図」が先鋭化して、在職中は職員から「不信任校長」の烙印を押され続けていました。ところが、上田に来たら同じことをやっているのに、職員の信任率が何と8割に達して、組合の幹部から校長先生県下一の信任率ですよと言われて驚きました。

そこに深志と上田の校風の違いがあったのかもしれません。上田高校は明るかったのです。

 

「日米戦争を起こしたのは誰か」、にあまり関係のないお話となってしまいました。お許しください。

 


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2017年06月18日

同窓生のエッセイ 「俄か百姓残日録」

俄か百姓残日録.docx

件名を誤りました。失礼いたしました。

正しくは、

同窓生のエッセイ 「俄か百姓残日録」です。

 

From: 白井
Sent: Sunday, June 18, 2017 9:13 AM
Subject:
同窓生のエッセイ 「俄か百残日録」

 

久保 新一57期 真田出身、軽井沢にUターン)のエッセイ

 

   「俄か百姓残日録」 をお届けいたします。

 

…農耕文化の原点―日々の農作業の大変さ、収穫の喜びと畑友との交遊

 

添付ワードも同文です。           白井 透(60-4

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「俄か百姓残日録」

久保 新一

 

住まいのすぐ裏手にある耕作放棄地を借り、俄か百姓を始めて3年になる。ざっと8百坪はあるから、家庭菜園というには広すぎ、第二種兼業農家に相当するかもしれない。初めに屋根に太陽光発電を乗せ、2年目に耕運機を買い、3年目にビニールハウスを建てた。

 蒔き時と収穫期には終日もあるが、普段は早朝の飯前仕事が主で、昼と夕食前に少し働くこともある。農作業は楽とはいえないが、早寝早起・快食快眠で、昔苦しんでいた胃痛、肩こりや腰痛は消え、丈夫になった。

 主作物はジャガイモとエゴマ、豆類である。ジャガイモは昨年5百kg収穫し、大きめのリンゴ箱20箱余を必要な人々に分送した。産地北海道が台風被害で不作だったこともあり、喜ばれた。80坪作付したエゴマは収量30kg、全て油にし2百ml瓶80本近くになった。中性脂肪・悪玉コレステロールに効くという宣伝効果もあってか、あっという間にはけた。豆類は大豆に黒・青・赤・茶豆に枝豆、花豆と多種。自家製ミソや煮物の他、贈物、交換手段として大活躍である。特に高冷地でしかできない花豆は人気が高い。

 鑑賞用花を兼ねたソバの収量は僅かで、二度のソバパーティで終わる。家庭菜園の常連、トマト・なす・きうり・インゲン・トーモロコシ、各種菜類・根菜類は、必要なだけ作る。余りものは教会に持参して販売し献金する。教会の礼拝は午後二時半から、一仕事終えてからで、ほぼ皆出席である。米は高冷地で不適、下の佐久地域でIターン農業を営むYさんの田圃の手伝いと、自家作物の物交で手に入れる。

高冷地の春は遅く秋は早い。コブシが咲く連休頃一斉に種まきと植え付けを開始、秋は11月初旬落葉松の黄葉までに収穫を終えなければならない。月に一度は横浜を訪れるが、自然と足は終列車に向かう。

 穫り入れ後も、上さん主役で豆類やエゴマの選別・処理の夜なべ仕事が年明けまで続く。落葉を集めた堆肥作りもこの季節の仕事である。落葉、稲わら、生ごみ、牛糞、有機石灰、米ぬか、くず野菜等を幾重にも重ね積み込む堆肥作りは、結構な重労働であると同時に有機野菜作りには欠かすことの出来ない大事でもある。雪が来る前に終え、途中で1回切り返し1年半寝かせて翌々春畑に蒔く。

 Iターン組、地元定年退職組を含め畑友が増えた。夕食後、中高年百姓連が福祉施設に集い、マットストレッチでのたうち廻り湯船で情報を交換する。時には元N響メンバーのホームコンサートやソバ会食会という楽しみもある。貧乏で不治の病をかかえた老引退牧師が、俄か百姓仲間の健やかな精神的リーダー役を務めていてくれることも、確かな活力源になっている。

 早朝、農作業の手を休め、冷気に身をひたして山を仰ぎ、新緑に囲まれ小鳥のさえずる声に耳を澄ましていると、しょせん人間は自然の一点景にすぎないことを痛感する。

 宗教改革5百年、科学・技術と機械・都市文明を育んだ近代は、いたるところできしみ音を響かせ始めている。人間は自然の一部であることを自覚して生きる時代の到来を祈るばかりである。

 


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