清水 健一様(63期)より寄せられた論考を配信いたします。
(添付ワードも、下記と同文)
このメールはbccで配信しています。 白井 透(60-4)
「 Iさん、Sさんへのメール 」
清水 健一(63期)
ウクライナの状況を見て、私の頭にふと浮かんだのは、<民が飢えるとき、国が亡びる>という中国の故事。秦の始皇帝が即位したのは紀元前250年。それから2,000年余りも皇帝による専制支配が続いてきた中で、民主主義などと全く無縁であった中国の人たちが体得した非常に貴重な教訓というか、<経験知>ではないかと思います。
「政治的・社会的混乱の根を辿れば、<民衆の貧困>にたどり着く」ということ。「みんなが屋根のある家で、家族そろって毎日3度のご飯がお腹いっぱい食べられ、明日の不安がなく平和に暮らせることが一番大切」。でも私たちは、<誰もが当たり前>と思えることすら未だ実現できていないのです。
私も今年、後期高齢者の仲間入りをしました。残された日々は少なくなるばかり。そんな中でこれまでの人生をふり返ってみると、社会的な地位や名誉、そしてお金なども、存外つまらないもののように思えてなりません。他の人と比較し、自分に特段の才能があったとか、人一倍努力したなどと考えるのではなく、<何かのはずみで、たまたまそうなっただけ>と考えると心が穏やかになるような気がします。
先日お送りした、ウウクライナ情勢に関する私の見解にしても、心の赴くままに記したため、誤りもあり、読み返してみると恥ずかしい限りです。私が述べたことが妥当か否かは、Wikipediaでウクライナのところを検索していただき、ご自身で検証していただければうれしいです。その結果、私と異なった見解を持たれてもかまいません。今回のロシア侵攻のような複雑な問題は、<当事者、とりわけプーチンの思惑>などから切り込むと、さまざまな憶測や解釈が入り乱れ、混乱するばかり。でも、<経済>のところを読むと、今回の混乱を生む背景となった当時のウクライナの切羽詰まった経済的状況が非常によく理解できます。私の場合、恣意的な解釈が少ない経済に関する記述を起点として、時々の政策判断にかかわった大統領などの生い立ちなども加味し、<なぜ、彼があの時、そうした決断に至ったのか>について考えることにしています。
改めてWikipediaのウクライナのところを読み、見落としていた重要な点が一つあったことに気が付きました。「なぜゼレンスキー大統領が、ロシアとの妥協を頑なに拒絶し、結果としてロシアの侵攻を招いてしまったのか」、という私が抱き続けていた疑問に関するものです。
ウクライナはジョージア(旧グルジア)と並び、欧州では最貧国の一つです。2020年度のGDPは3,740ドル。長年にわたって米国から執拗な経済制裁を受け、貧しい国の代表のように思われているキューバのGDP(9,099ドル)の40%。しかも汚職と不正が蔓延していました。人間開発指数は74位。つまり発展途上国。たとえ彼らがEUに加盟したいと望んでも、加盟申請書を出せばすんなりとOKというわけではありません。加盟のためには、財政規律など、いくつもの高いハードルをクリアしなければなりません。ロシア侵攻前のウクライナが、ほとんど債務不履行の瀬戸際であったこと、そして不正と汚職が蔓延していたという2点だけでも、EU加盟など実質的に不可能。加盟条件を満たすことができるようになるまでには、数十年かかるかもしれません。それどころか<永遠に無理>かもしれないのです。「憲法にEUへの加盟を目標とする」、などと明記してみたところで何も変わるわけではありません。ロシアとの対立を激化させるだけ。まるで東大に入学したいと思っている受験生が、<東大合格>と書いた紙を何枚も勉強部屋の壁にベタベタ貼り付けたり、<東大必勝>と書いた鉢巻をしたりして勉強するようなもの。それだけではありません。社会状況はもっと深刻なのです。経済が破綻寸前の状態にあり、不正や汚職が蔓延しているウクライナの将来に絶望し、自分の新たな未来を見つけようと外国に逃れている若者がたくさんいるということです。1997年のウクライナの人口は5,923万人(世界の地理、朝日ジュニアブック、1998年版)。それが2020年には4,374万人。つまり、過去23年の間に、人口が1,550万人も減少しているのです。平均すると一年で67万人も減少しています。日本の人口はウクライナの人口の3倍弱。日本に例えれば、一年に200万人弱もの若者が日本社会に絶望し、世界各国に渡っているということと同じ。こんな事想像できますか?私たちのような年金生活者が消えるならともかく、将来を担う若者たちがどんどん消えているのです。これこそ<国家存亡の危機>。そういえば、日本でもウクライナから来た人を見かけるようになりました。
そんなウクライナですが、<兵隊の数>でみると、ヨーロッパではロシア(85万人)、フランス(31万人)に次ぐ<第3位>の軍事大国。驚くべき事実です。思わず目を疑いました。ロシア侵攻前のウクライナにはなんと20万人もの高度に訓練された兵士がいたのです(4位のドイツは18万人。日本の自衛隊は24万人、ただし文官を含む)。彼らに欠けていたのは、最新兵器だけ。言い方を変えれば、欧米各国(特に米国)が彼等に最新兵器さえ供与すれば、ロシアと<互角>に戦うことができるということ。現に戦況はそうなっています。ロシアが苦戦を強いられているのにはそれなりの理由があったのです。ロシアが抱える豊富な天然ガスや石油、さらに電気自動車に欠かせないNiや白金などの希少金属資源へのアクセスを狙う米国にとって、プーチン大統領は邪魔な存在。ソ連崩壊後、エリツイン時代に生まれた新興財閥・オリガルヒを政府のコントロール下に置くことで、アメリカがロシアの資源を不当に安くかすめ取るのを防ぎ、国益を守ろうとしたからです。そんな米国から見れば、隣国のウクライナはプーチン追い落としのための<代理戦争>を戦わせるのにうってつけの国。グルジアもEUとNATOへの加盟を表明しています。でも、地政学的にも、また人口が400万人弱、という事もあり役不足。そんなことからグルジアは幸運にも今回は難を逃れることができたのではないでしょうか
経済はほとんど破綻寸前、不正と汚職が社会に蔓延、そんな状況に絶望した若者たちは国を捨て国外に散っていく、そしてEUやNATO加盟など実質上不可能、という状況のなかで、ゼレンスキー大統領は、<自由と民主主義の砦となり独裁者プーチンが率いるロシアと戦うウクライナ>、というシナリオ(誰が描いたのかはわかりませんが)に沿ってロシアのウクライナ侵攻を誘い、その衝撃を利用し、先の大戦の悪夢をよみがえらせることでヨーロッパの人々を一瞬にしてに恐怖に陥れ、思考停止に追い込み、ウクライナ支持に追い込み、そのどさくさに紛れ、あわよくばEUとNATO加盟を果たすことで、ドン詰りのウクライナの状況を一挙に打破しようという危険極まりない賭けに打って出たのではないか、という感じがしてなりません。そうでも考えなければ、なぜ今回の戦争が勃発してしまったのか理解できません。十分予測できていたのです。こんな甚大な被害まで出してまでゼレンスキー大統領が手に入れようとしたものは一体何だったのでしょう?そして彼にはどのような<勝算>があったのでしょうか。
プーチン・バッシングとも思える今の過熱した欧米のマスメディアの報道を見ていると、アメリカがイラクに侵攻した時、フセイン大統領を<悪の権化>に仕立て上げ、侵攻を正当化しようと躍起になっていた欧米マスメディアの嘘まみれの報道ぶりと二重写しになり、まるで出来が悪い<ハリウッド映画の戦争もの>をくり返し見せられているような<不快な違和感>を覚えるのです。2016年に就任したトランプ大統領はオバマ政権とは異なり、ウクライナに武器の売却を決定。2014年のマイダン暴動による親ロシア派・ヤヌコヴィッチ大統領の追放、その直後のロシアのクリミア侵攻に端を発した東部ウクライナにおけるウクライナからの分離独立を叫ぶ親ロシア派勢力と政府側との戦争の中で、ウクライナ側にロシアに対する憎悪が増し、それに加えウクライナと米国との軍事的な関係が過去6年の間に緊密化していた事もゼレンスキー大統領がこのような無謀な賭けに打って出た大きな要因のように思えてなりません。こうした動きを、<NATOは東方拡大を止めようとせず、その結果、今やロシアの裏庭でウクライナが米国と組んでロシアを攻撃しようと画策している。ロシアは重大な脅威にさらされている>とプーチンが捉えたのも至極当然のことと思います。昨日(6月5日)、NHK-BSの<映像の世紀>で、プーチンが今回のウクライナ侵攻までにたどった道を、スターリン時代までさかのぼり掘り下げた番組が放映されました。その中で、2007年のヨーロッパ諸国の首脳会議でプーチンが放った言葉が胸に突き刺さりました。「私たちはあなた方(欧米諸国)から民主主義と資本主義を学ぼうと懸命に努力してきた。でも<教える側>のあなた達は私たちを理解しようとする努力を全くしなかった(つまり、<敬意>をもって接してこなかった)」この言葉の中に、欧米に対するプーチンの絶望と、何世紀にもわたり続く西欧と東欧の思想・哲学的対立を垣間見たような気がしました。
でも、ゼレンスキー大統領の描いた(?)このシナリオも、先の大戦前の日本におけるような<極めて楽観的>なものにすぎません。1〜2ヶ月程度の短期戦ならそれも可能でしょう。でも、戦争を継続するにも先立つものは<カネ>。兵器だけを供給しても戦争を継続することはできません。公務員や兵士たちに給料を支払わなければなりません。さらに年金支給者たちにも年金を支払う必要があります。戦争の影響を受け、住宅を失い、食料にも事欠く人たちへの支援も必要。だからといって、紙幣を乱発すれば済むというような簡単な問題ではありません。紙幣を乱発しようものなら、その先に待つのはハイパーインフレ。ただでさえ経済基盤が脆弱なウクライナで、戦争の影響で生産活動が少しでも低下すれば、財政が破綻するのは火を見るよりも明らか。世界銀行の見積もりによれば、戦時下のウクライナが財政破綻を避けるためには月に7,000億円(年間で8兆円)ものお金が必要。ちなみに、ウクライナの年間予算は僅か7.1兆円(2020年)。5月17日のロイター通信によれば、ウクライナのウステンコ大統領経済顧問はG7に対して、ロシア軍の侵攻で今後半年間に生じるであろう財政赤字を補填するため、500億ドル(6.3兆円)の資金援助を要請しています。欧米、そして日本はウクライナへの資金援助を表明しています。でも、その額は今年末までで198億ドル(2兆円)。焼石に水。さらに、この援助も<借款>です。つまり戦争終結後は、ウクライナが数十年という長い年月をかけて返済しなければならない<戦時債務>として残るのです。この戦争での最大の敗者がウクライナであることは最初から明白。その先に待つのは果てしなく続くイバラの道。それなのに戦争は起きてしまった。プーチン大統領は、マクロン大統領やショルツ首相、グテーレス国連事務総長などと話がしたかったのではなく、自分を除き、この戦争を止めることができるもう一人の人物、バイデン大統領との直接対話を望んでいたのだと思います。でも、バイデン大統領は対話に応じようとせず、危機がさし迫っていると繰り返し、制裁をちらつかせ、<善意の第三者>を装い、そしてひたすら<無関係>をアピールするばかり。自ら積極的に危機を打開しようとするそぶりは全く感じられませんでした。まるで他人事のよう。この<不自然>な対応が、今でも強い違和感となって私の中に残っています。
「なぜゼレンスキー大統領がロシアに対してあれほど強硬な姿勢が取れたのか?」。それに対する私の結論。「ゼレンスキー大統領は、ロシア侵攻を事前に想定し、準備万端整えていた。そしてロシアが侵攻すれば、アメリカが全面的に、ただし<全面核戦争>を起こさない範囲で、支援してくれるとの<確信>があった。では彼の確信の根拠は何。それはズバリ<密約>。この結論は私が勝手に考えだした荒唐無稽な<陰謀論>のように感じられるかもしれません。そう感じられてもかまいません。でも、ご自分がゼレンスキー大統領の立場だったらどうするか、と考えれば簡単にご理解いただけるのではないでしょうか。自分よりはるかに強い者に因縁を付けられ、喧嘩を売られた時、人はどう対応するでしょう?相手よりはるかに強い助っ人がすぐ後ろに控えていていなければ、売られた喧嘩を買おうとする者などどこにもいません。頼りになる助っ人がいなければ、こぶしを握り締め、唇を噛みしめ、黙ってうつむき、ただ相手のいう事を聞く以外にありません。理不尽と感じるかもしれません、でもそれが一番賢明な選択。「仕方がない」とやり過ごすのは、恥ではありません。でも、人間はなんでも思うようになると信じたいもの。自分自身ですら思うようにならないのに。「危険なものに出会ったら、それをいち早く察知し逃げるか、安全なところに身を隠し、危険が去るまでじっと待つ」。これこそが生存本能。人間も動物たちも、そうして危機を凌ぎ、生き抜いてきたのではないでしょうか?
私の考えでは、ウクライナは程なくして大敗北。そして戦争は終結。東部のドネツク州とルハンスク州は親ロシア国家として独立。残った西部ウクライナは親欧米の独立国家として存続。そして。ヨーロッパはウクライナというトンデモナイお荷物を抱え込み、その復興に巨額の財政出動(少なく見積もっても年間20兆円)を強いられ、それが火種となりEU加盟国内部での対立を生んでいくと思います。EUを離脱したイギリスは他人事と知らぬふりを決め込み、米国は、自国の最新兵器の優秀さが実証されたとして、同盟国や台湾などへの兵器の売り込みに奔走するでしょう。そして日本の岸田政権は防衛費の大幅増を明言。でも財源はどうするのでしょう?増加分は、そっくり米国の兵器購入に回るのでしょうか。その額はおそらく年間1兆円規模(国立大学運営交付金とほぼ同額)。その裏で、理研、東大、東北大などで非正規研究員(ポスドク)の雇止めが加速。2,000人以上の若い研究者たちが雇止めになり、将来を断たれることになるでしょう。「科学技術立国など、夢のまた夢。そして岸田政権が掲げる新しい資本主義など単なるお題目で実態などなし。理由は単純明快。新しい資本主義のエンジンとなるイノベーションを生みだす科学技術が崩壊しているから」。
「マッチ一本、火事の元」、とはよく言ったものです。燃えるゴミは溜まらないように片付けましょう。そして燃える物のそばにマッチは置かない。これが<八方無事>の秘訣ではないでしょうか。
最後に私と同期の山浦善樹君の言葉を添えておきます。「正解や知識も大切だが、疑問を感じたら、自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の言葉で表現することも大切だ」。上田高校での講演、<高校時代に学んだこと>より。